カタリナ高校 監督誰?名前や顔画像、体罰(セクハラ)の動機(理由)心理を検証!

こんにちはtakuです。
松山市にある私立聖カタリナ高校
の女子ソフトボール部で、
男性教諭が体罰、セクハラ発言
をしていたことが報道で明らかに
なりました。

教育機関での体罰やセクハラの
問題はなぜなくならないのでしょうか。

30歳教諭の
体罰セクハラの動機について
そもそも体罰の定義とは何かなど
検証しつつ記事にしてみようと
思います。

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あらまし

愛媛県松山市聖カタリナ学園高校
女子ソフトボールブの監督が

2年生の部員を平手でたたく
げんこつで殴る
 打撃マシーンのボールを素手で
受けさせる
「彼女にしてやろうか」
「むだ毛をそらないと」
「技術指導を受けたければ自分と相撲を取れ」
「退部届をだせ」
などのセクハラ発言をする

そしてその結果、
被害にあった4人のうち2人が不登校に
学校はこの教師を厳戒処分に

というのがおおよその
報道の内容となっています。

まだまだ細かい発言や行動は
言い出したらきりがないのでしょう。

保護者の通告で明らかに
されましたが、学校側は
それに気がつかなかった
のでしょうか。

女子ソフト部が県内屈指の
強豪校ということも
その指導に異論を唱える際の
障害になっていたのかもしれません。

体罰セクハラ教諭は誰?

この女子ソフトボール部の
監督の名前は、 藤田隼人(30)
いうそうです。


出典:http://www.catalina.ed.jp/

普段は 保健体育の教諭として
授業を受け持ちながら、
ソフトボール部の監督を兼任している
ということでした。

現在は無期限で部の指導から
外されているそうですが、
授業での教鞭は変わらず
とっているというのだから
少し驚きますね。

被害生徒もその授業を受ける
ということですので、
心中穏やかではないでしょうね。

学校案内の藤田教諭の
コメント欄では、

「みなさんは運動は好きですか?
将来を健康に過ごすためにも、
ぜひ運動を好きになってもらいたいと
思います。
授業を通してみんなで協力し、
一つのことを成し遂げられた時の達成感や
純粋に体を動かすことの楽しさを味わい、
一緒に 心と体のレベルアップを目指しましょう。」

と語っています。

自身もおそらく、
もともと体育会系の運動部、
大学に所属していたのでしょう。
スポーツや体を動かすのが
好きなのはわかります。

けれども、体罰やセクハラ発言を
繰り返し、一緒に心と体が
レベルアップするでしょうか?

今回の報道ではまさに、
その藤田教諭の心の”レベル”が
問題視されている訳なのですが、

そもそも人間的にレベルアップ
する上で、必要とされる「厳しさ」
とはなんなのでしょうか。

「厳しさ」と「体罰」とはそもそも
きってはきれないものなのでしょうか。

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体罰セクハラの動機心理とは

全国のスポーツ強豪校などでは
もちろんのこと、練習というのは
厳しいものですし、
吐くほど走らされるというのは
よく聞く話です。

僕も運動部に所属していた頃は
部活の先生に1度のみならず、
蹴られたり叩かれたり怒鳴られたり
そんなことも別に珍しくは
ありませんでした。

スクーターの後ろにゴムで
くくりつけられて部員で
ムカデのように走らされた
こともありました。(⌒-⌒; )

でもその当時も、今も
その経験をそれほど
気にしてはいません。
むしろネタにしているくらいです。笑

ただ、それは「僕」がそう感じている
というのあって、それは
あくまで主観的な感想ですよね。

つまり、そう感じる人もいれば
そうでない人もいる、「体罰」
に対する 反応には個人差
あるということですね。

そういった手が出る足が出る
「厳しさ」が自分に真剣に
向き合ってくれている
教師の愛情と捉え、
感謝する男性学生も(?)かつての
時代にはいたようですし、
実際に聞いたことはありますよね。

ひょっとすると、この藤田教諭も
「厳しさ」=愛情の裏返し
みたいなものを感じながらスポーツに
邁進していた部類の人物なのかも
しれません。

ただ、今の時代はだいぶ変わって
来ていますし、何よりも
この学生たちが 女性(異性)だということも
大きな問題の争点になっていると
思いますね。

時代、性別を問わずすべての人が
「厳しさ」=愛情と
捉えるのは大きな勘違いですし、
ましてや、異性に対する
発言に関しては、細心の注意を
するのが現代のモラルの常識ですね。

手を出す、肉体的苦痛を与えるなんて
ことは以ての外ですよね。

セクハラ発言は、「厳しさ」指導と
なんの関係もなく、ただ単なる
「嫌がらせ」でしかありません。

藤田教諭がどのような指導ポリシーを
持っていたのかは知りませんが、
心の健康被害という点から見ても
やはり、これはするべきではなかった
「体罰」といえるのではないでしょうか。

体罰の定義と副作用

体罰というのは、
親や、教師、コーチなどが
指導する上で与える
肉体的苦痛を伴う懲戒のこと
です。

体罰だと非難された当事者が
体罰ではなくてこれは指導です
と反論することがよくある話なのですが、
指導目的であるのは、 当然であり
大前提です。そうでなければただの暴力
ということになりますから、
「指導のつもりでした」という言葉は
何の弁明にもなりませんね。

ただ、どの程度のことが体罰になるのか
「厳しさ」と「体罰」の 見極めは確かに
難しいと誰もが感じていることでは
ないでしょうか。

このように体罰の定義は、機会的には
決められないことも多いのですが、
実は、心理学の見地から考えてみると
被害者の側に出る反応によって、
それが「体罰」であるかどうかの
ある程度の判断ができるそうです。

それは「体罰」の副作用から
判断するという方法です。

体罰の副作用として以下の5つがあげられるようです。

人間関係を悪くする
自主性の喪失
心の健康被害
 服従体験によりさらに高圧的になる
暴力を教えてしまう

藤田教諭は、ひょっとすると、
「私は指導だと思っていた」と
こたえるかもしれません。

けれども上記の心理学的な見地から
見た体罰の副作用のうち、 少なくとも
上の4つ
はこの度の女子生徒に
当てはまっているのではないでしょうか。

最初は藤田教諭の指導も
さほど高圧的ではなかったのかも
しれませんが、服従体験により
自分が「何者」かになり、
より指導が高圧的にエスカレート
していった可能性もありますね。

そしてそれに女子生徒が
耐えられなくなり
限界をむかえたということなの
でしょう。

そのような意味では、今回のこの
出来事は立派な「体罰」として
問題視されるにしかるべきものでは
ないでしょうか。

ただ、ソフト部監督から外す
というだけの厳戒処分だけで
いいのだろうかと藤田教諭の
「教育者」としての適性に疑問を
持ってしまします。

takuの一言

この藤田教諭の退任以降
これからカタリナ高校の
ソフトボール部がどのように
なっていくのかはわかりませんが、

この一件に屈することなく、
県内屈指の強豪校として
本当の意味で、心も体も
健康で活躍して欲しいですね。

また不登校になっている学生
2人に関しても、時間は
かかるかもしれませんが、
何かしらの回復が一刻も早く
おとずれるようにただただ願います。

僕も幼い子供達の親として、
日々子育てに悩みながら
奮闘している者の一人ですが、

この度の一件を通して、
「教育」というものの
あり方を改めて考える
機会となりました。

最後まで読んでくださり
ありがとうございました。

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